お気楽Girl! 第二話「入学式!」

 

ここは私立星雲高等学校、男女共学の普通科高校で、一学年230人、全校生徒約690人である。星雲高校の学力レベルは、特別良くも悪くもない平凡クラス。部活動は運動系、文化系共にあり、大会等の成績に関しても学力同様、特に秀でている訳でもないが、平凡である。

そして46日、この日は星雲高校の入学式であった。学校近くに建てられている「ほしぞらアパート」では、

「ふあぁぁぁ〜、そういや今日は入学式か〜」

体を起こし、大きなあくびをし、眠気眼を擦りながら布団から出る詠佳。彼女も星雲高校の新入生の一人である。

「さてと、まずは朝ごはん食べて、それから学校に行く準備をしようっと」

そして詠佳は台所へ向かい、食パンを一枚取り出し、冷蔵庫からイチゴジャム、マーガリン、牛乳を取り出し、食器棚からコップを取り出して、先程冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぎ、牛乳を冷蔵庫へと戻す。次に食パンにマーガリンを塗り、その上にイチゴジャムを満遍なく塗り、マーガリンとイチゴジャムの蓋をきちんと締め、冷蔵庫へと戻す。

「朝ごはんはこれ位かな、おかずは作るのがちょっと面倒だしね」

イチゴジャムを塗った食パンを乗せた皿と牛乳が入ったコップをテーブルへ持って行く詠佳。

「それじゃあ、いただきま〜す」

食事のあいさつをした後、イチゴジャムを塗った食パンにかぶりつく詠佳。

「ごちそ〜さまでした〜」

朝食を完食し、食器を片付ける詠佳。

「次は学校の準備だ〜」

詠佳はまず歯を磨き、その後髪留めを付け、パジャマから星雲高校の制服へと着替える。

「これから3年間、ボクは星雲高校の生徒の一人なんだよね」

洗面所の鏡に映る星雲高校の制服姿をした自分を見て、自分もこれから星雲高校の生徒の一員としみじみに思う詠佳。

「あ、そうだった、学校では“ボク”じゃなくて“私”だったね。危うく忘れるとこだったよ」

ハッと思いだしたかと思えば、鏡の自分に向かってにこやかな表情でグーにした手を頭にポンと乗せる詠佳。鏡の向こうの自分も全く同じ動作をしていた。

「お〜い、詠佳ちゃ〜ん!早くしないと入学式に遅れちゃうよ〜」

その時、玄関ドアの向こうから詠佳を呼ぶ女の子の声。

「柚希ちゃんの声だ。分かった、今行くよ〜!」

玄関ドアの向こうにいる声の正体は、詠佳と同じ星雲高校の新入生で「ほしぞらアパート」の201号室に住む柚希の声だった。そして柚希の隣には、同じく星雲高校の新入生で「ほしぞらアパート」の202号室に住む詠佳の幼馴染みの雪恵もいる。

「2人共お待たせー!・・・って、あれ?柚希ちゃんは?」

勢いよくドアを開け、辺りをキョロキョロと見回し、柚希を捜す詠佳。雪恵はそんな詠佳の様子を見て苦笑いをしていた。

「詠佳ちゃん、柚希ちゃんならそこにいるよ・・・」

雪恵が指差した方には、何故か痛そうに鼻を押さえた柚希の姿だった。

「おはよ〜、柚希ちゃん。あれ?鼻押さえてるけどどうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ!あんたが勢いよくドア開けたときにあたしの顔にぶつけたのよ!」

柚希が鼻を押さえていたのは、詠佳が勢いよくドアを開いた際にドアの近くにいた柚希の顔にぶつかったからである。

「あはは、ごめんね柚希ちゃん」

頭を掻きながら笑顔で謝る詠佳。当然彼女は悪気があってやった訳ではない。

「笑って済む問題かー!!」

能天気な詠佳に対して怒鳴る柚希。

「ま、まぁ柚希ちゃん落ち着いて、早く学校に行かないと遅れちゃうよ」

「そうね、初日に遅刻なんて相当恥ずかしいしね」

「じゃ〜行こ〜」

詠佳達はアパートの階段を降りて、すぐ近くの星雲高校へ向かった。

「う゛〜鼻が痛い・・・、幸先の悪い高校生活の幕開けだわ・・・」

学校へ向かう途中も鼻を押さえながら、自分の不運さを嘆いている柚希だった。

 

* * *

 

「あっという間に学校に到着〜」

「そりゃ学校から近いから当然でしょ」

「でも詠佳ちゃん楽しそう」

星雲高校へと着いた詠佳達。詠佳はウキウキした気分で歩いていた。

『新入生の皆さんは体育館に集合し、自分のクラスのプラカードが立てられている列の椅子に着席して式の開始をお待ち下さい』

校舎に取り付けられているスピーカーから新入生に対してのアナウンスが流されていた。

「どうやら体育館に集合みたいね、でも体育館どこだろう?」

「あそこだと思うよ」

詠佳が校舎の隣にある建物に指を指す。その建物の入り口から星雲高校の制服を着た人達が入っている。

「詠佳ちゃんが指指してる建物が体育館だと思うわ」

「私は先に行ってるね〜」

「あ、こら、待ちなさいよ」

体育館へ向かって走り出した詠佳と、それを追って柚希も一緒に走っていく。

「うふふ、2人ともすっかり仲良くなってるみたいね」

詠佳と柚希を見て笑みを浮かべる雪恵。そして雪恵も体育館へ向かって歩き出した。

 

新入生達で賑わっている星雲高校の体育館の中。詠佳達は1-Bと書かれたプラカードが置いてある列の椅子に3人並んで座っていた。

「はぁ・・・はぁ・・・、何でこんな疲れた状態で入学式に臨まなきゃいけないのあたし〜、汗もかいて最悪だよぉ〜・・・」

詠佳と一緒に走っていた柚希は、息を切れてる上、汗もかいていた。

「それなら私と一緒に走らなきゃ良かったのに〜」

「う、うるさいわね!」

(詠佳ちゃん、言ってる事は確かに正論なんだけど・・・)

柚希とは対照的に詠佳は走る前と全然変わっていなかった。

「と言うより何であんたは息も切れてないし汗もかいてないのよ」

「う〜ん、中学の時陸上部に入ってたからかなぁ」

「詠佳ちゃん陸上部に入ってたの!?」

「うん、確か全国大会にも出た事あった気がするよ」

「それなら納得できるわ・・・」

実は詠佳は中学校では陸上部に所属しており、全国大会にも出場経験があるほどであった。

「詠佳ちゃん、体育だけはずば抜けて良かったもんね」

「そうだね、私の唯一評価の高い教科だったしね」

詠佳の運動能力は、小・中学校ではクラス1を誇り、運動会や体育祭では引っ張りだこであった。

「詠佳ちゃんにも成績の良い教科があったんだね〜」

「柚希ちゃん、それどういう意味さ〜、ボクにだって一つ位得意な教科ってあるんだよ!」

思わず熱くなり、柚希に対して強めに言う詠佳。

「詠佳ちゃん、一人称」

「あ、そうだった、気を付けなきゃ・・・」

学校内で“ボク”と使ったのを柚希に指摘され、慌てて気付く詠佳。

「二人共、そろそろ式が始まるから静かにしてね」

「は〜い」

「わかった」

そして進行役の教師が壇上に上がり、入学式が始まった。

 

入学式は進み、校長先生の挨拶へと差し掛かった頃。

「えー新入生の皆さん、我が星雲高校への入学おめでとうございます。私校長から新入生の皆さんに祝辞の言葉を送らせて頂きます。では・・・」

どこの学校でも、式典での校長先生の話は長いことが一般的ではあるが、星雲高校でも例外ではなく、やはり校長先生の話は長かった。

(やっぱりこういう時の校長先生の話って長いものね・・・、それにずっと同じ姿勢だから体がだるく感じちゃうし・・・)

雪恵は声には出さずに、心の中で呟いた。そして雪恵は周りに目立たない程度に体を動かしていた。

(他の人達もあまり校長先生の話を聞いてる様子は無さそうね)

他の大多数の新入生達もダルそうにしていたり、挙句の果てには寝ている者までいたりと、校長先生の話に耳を傾けてはいない様子だった。

(詠佳ちゃんと柚希ちゃんは静かそうだけど、ちゃんと聞いてるのかしら・・・)

雪恵は顔を詠佳と柚希の方へと向ける。すると・・・

(わ〜っ!やっぱり寝てる〜!!しかも柚希ちゃんまで!!)

髪の毛が逆立つ様な勢いで驚く雪恵。なんと詠佳だけでなく柚希までも寝ていたのだ。

(ど、どうしよう・・・、ここは起こした方がいいのかなぁ・・・、それともそっとしておいた方が・・・)

詠佳と柚希を起こすかそのままにするかで一人混乱する雪恵。しかし結局、場所が場所だけに目立つ行動が取れない為、雪恵は校長先生の話が終わるまで詠佳と柚希を起こさずそのままにしていた。雪恵の中では2人を起こさなかった罪悪感がもやもやと残っていたのであった。

 

そして入学式が終わり、新入生達はそれぞれの教室へと向かっていた。

「ふぁぁ〜、よく寝たね柚希ちゃん」

「うん、そうねぇ〜・・・、校長先生の話長かったしね」

詠佳と柚希はあくびをしながら1年B組の教室へと向かっていた。

「あの、詠佳ちゃん、柚希ちゃんごめんね」

「へ?」

「どうしたの雪恵ちゃん、急に謝ったりして?」

雪恵の突然の謝罪にポカンとする詠佳と柚希。

「いや、その、私が2人を起こさなかったから・・・、何か悪い事しちゃった感じで・・・」

顔を紅潮しながらあたふたと説明する雪恵。そんな雪恵の様子を見て柚希が思わず笑い出す。

「別に私達な〜んにも悪いことしてないよ〜」

「そんな事であたし達に謝ってたんだ〜、別にそこまで気にしなくても良かったのに〜」

「そうそう、雪恵ちゃんは全然気にしなくてもいいんだよ〜」

「うぅ・・・、私恥ずかしい・・・」

真っ赤に紅潮した顔を隠す様に俯きながら小声で呟く雪恵。

「さ、雪恵ちゃん、教室まで一緒に行こ♪」

「わぁっ!ちょ、ちょっと詠佳ちゃん〜」

俯く雪恵に肩を組んで一緒に教室へ向かって歩き出す詠佳。雪恵は突然の出来事に声を上げて驚いていた。

「やれやれ、詠佳ちゃんは相変わらず能天気なんだから」

若干呆れ顔でそう言った後、2人の後を追って歩き出す柚希。

 

1年B組の教室へと辿り着いた詠佳達は、まず黒板に書かれている文字を見た。

「“席順は指定していないので、お好きな席に着席下さい 1年B組担任より”だって」

「随分とアバウトな担任なのね」

「じゃあとりあえず席に座りましょう」

そして詠佳達は教室の中心辺りにある席を3人固まる感じにして座る。前側が背の低い柚希で、後ろ側に詠佳と雪恵が座る形となった。

「雪恵ちゃんメガネ掛けてるけど後ろで良かったの?」

柚希は視力の低い雪恵が後ろ側に座っている事を気に掛けていた。

「大丈夫、メガネ掛けてるおかげで後ろ側でも文字がはっきり見えてるから、それに詠佳ちゃんが心配なのもあるし」

「確かに詠佳ちゃん一人だと座学授業の面で心配だしね」

視力が低くても、メガネを掛けてる分後ろ側に座っていても、物がはっきり見える為、雪恵は特に不便を感じている様子はないようだ。それに詠佳の座学授業の面での心配もあることから、雪恵は詠佳が後ろ側の席に座るのを合わせて後ろ側の席にしたのだ。

「私、雪恵ちゃんにそんな心配されてたのかぁ、確かに体育以外の成績は確かに良くなかったけど」

「詠佳ちゃんの分からないとこあった教えてあげるから、ね」

「ありがとう雪恵ちゃん、恩にきるよ〜」

雪恵が授業の分からない箇所を教えてあげると聞いて、喜びを見せる詠佳。

「あ、先生が来たわ」

ガラガラっと教室の扉を開け、担任教師らしき人物が1年B組の教室の中へと入って来た。その人物は20代のまだまだ若い男性であった。

「皆席に座ってるようだな」

担任教師の男性は教室内を見回し、教室内の生徒全員が着席している事を確認する。

「皆さん初めまして、1年B組担任の駒田 浩斗(こまだ ひろと)と言います。担当教科は世界史、これから1年間よろしくお願いします」

彼の名前は駒田 浩斗、教師歴2年の24歳で、世界史の担当教師。ちなみに1年B組の担任が彼の初担任となる。

「それではまず、出席番号順に呼んでいくから、呼ばれた人は簡単な自己紹介をしてもらおうか」

と、駒田は出席簿を持ち、生徒一人一人の名前を呼び始める。そして、最初に呼ばれた生徒の自己紹介が終わり、雪恵の番となる。

「では次、或羽 雪恵さん」

「はい、私は或羽 雪恵と申します。皆さんとはこれから1年間よろしくお願いしますね」

「とても丁寧な挨拶ですね、では次」

その後も次々とB組の生徒達の自己紹介は続いていき、いよいよ詠佳の番となった。

「では次、鷺宮 詠佳さん」

「はいっ!私は鷺宮 詠佳と言います。1年の間でみんなと仲良く出来たらいいなと思っています。これからよろしくね〜!」

自分の名前が呼ばれた瞬間、人一倍元気な声で自己紹介をする詠佳。その為か、一瞬にして詠佳にクラスメートの視線が集まった。

「とても元気があって良いですね、では次、沢嶋(さわじま) 柚希さん」

「あの先生・・・、あたし“さわしま”ですけど・・・」

名字を間違えられ、担任の駒田に若干恥ずかしそうな声で指摘する柚希。

「あぁ、すまないな、じゃあ改めて・・・、沢嶋 柚希さん」

「はい、あたしは沢嶋 柚希です。あたしも皆さんと仲良くしたいと思っていますので、これからよろしくお願いします」

「うん、みんなと仲良く出来たらいいね、では次」

そして自己紹介が出席番号の最後の生徒まで続き、ようやくクラス全員の自己紹介が終了する。

「最後に、明日からオリエンテーションの他に、早速授業があるから、今から配布する時間割の次の日に書かれている教科の教科書を忘れるんじゃないぞ。それじゃ時間割が配り終えたら今日はもう終わりだから、下校してもいいぞ」

そう言った後、駒田は最前列の生徒に縦の列の人数分の時間割を渡す。そして渡された生徒から後ろの生徒へと時間割が次々と渡されていく。やがてクラス全員に時間割が渡り切ったと同時にB組の生徒達が続々教室から出て行き始める。

「あ〜、やっと終わったぁ〜」

「ん〜、終わったねぇ〜」

体を伸ばしてリラックスをする詠佳と柚希。それを見ていた雪恵が若干呆れた感じにこう言った。

「全く、式の途中に二人揃って寝てたくせに〜」

「えへへ・・・、そういやそうだったね」

雪恵の言った事に笑って答える詠佳。一方の柚希は何やら考え込んでいる様子だった。

「どうしたの柚希ちゃん?何か考え事している様に見えたけど」

「うん・・・、やっぱり分かってはいたんだけど、あたしの名字間違えられたんだよね・・・」

(うわぁ・・・、名字間違えられたことすっごい気にしてるよ・・・)

先程のHRの自己紹介の時に、駒田から名字を間違えられたことを気にしている様子で、柚希はうなだれていた。

「柚希ちゃん、そういうのはよくある事だから、そんなに気にしなくてもいいと思うんだけどな〜」

うなだれている柚希を気にする事も無く、何気なく柚希に対し言う詠佳。

「詠佳ちゃん、それはちょっとデリカシーがない気が・・・」

「詠佳ちゃん・・・、そうだよね、そんな事でいちいちくよくよしてても仕方ない話よね、励ましてくれてありがとう、詠佳ちゃん!」

「う、うん、私そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ・・・」

すっかり立ち直り、詠佳の左手を両手で握る柚希に対し、詠佳は右手で頬を掻きながら複雑そうな表情を浮かべていた。

「あ、あれ・・・、これでよかったのかしら・・・?」

雪恵もまた、予想していたのとは違う柚希の反応に戸惑っている様子だった。

 

「それじゃあたし達もそろそろ帰りましょうか」

「そうね、いつまでも学校に残っていても特にする事無いですし」

「そうと決まれば早く帰ろうよ〜、私お腹ペコペコだよぉ〜」

と、詠佳が雪恵と柚希に早く家に帰ろうと急かし始める。事実、詠佳の腹の音が鳴りだしていた。

「はいはい、そんなに焦らなくてもすぐ帰るから」

「確かにお腹は空いたよね〜」

詠佳達は教室を出て、自分達が住む『ほしぞらアパート』へと向かって行った。

 

* * *

 

学校からほしぞらアパートへと着いた3人は、それぞれ自分の部屋へと入っていた。

「ふぅ〜、もう一人称は“ボク”でいいよね。流石に慣れない一人称を使うのは疲れるなぁ・・・」

自分の部屋へと戻り、制服から私服へと着替えた詠佳は、一人称を普段使っている“ボク”へと戻す。

「何か“ボク”と使わないボクって、ボクらしくないよなぁ・・・」

普段使った事の無い一人称を使っているからか、自分らしさがない様な気になっている詠佳。

「それにさ、これが例えば小説だとしたら、読んでる人達にしてみれば、誰なのか分かりにくくなるし・・・、ねぇそう思わない?」

詠佳は一体誰に対して言っているのだろうか、しかも若干メタな話が入っていたりもするから、今後そう言った話は控える様にして頂きたい。

「今誰かにツッコまれた気が・・・、まぁ、気のせいだよね」

気のせいでは無く、確かにツッコミは入れているが、ここはあえて気のせいだったという事にしておこう。物語に登場しない人物(?)が首を突っ込むと話がややこしくなると思われるからだ。

「そういやボク、お腹ペコペコだった〜」

詠佳の腹からグゥ〜と音が鳴る。

「う〜ん、一人でご飯食べるのも何か寂しいし・・・、そうだ、ゆずっぴーと一緒に食べる事にしよう!」

詠佳は部屋の中からカップめんを一つ取り出して自分の部屋を飛び出し、柚希のいる201号室へと掛けて行った。

 

その頃、詠佳がカップめんを持ってやってくる事を知らない柚希は、部屋の中で昼食を取ろうとしていた。

「さて、そろそろお湯が湧く頃かしら」

柚希も制服から私服へと着替えており、昼食のカップめんのお湯を注ぐため、沸騰したお湯が入った電気ポッドに手を掛けようとしていたその時、玄関の先から聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。

「柚希ちゃんいる〜?」

「いるよ〜、今開けるからちょっと待ってて」

柚希は台所を離れ、玄関のドアへと手に掛けドアを開ける。

「突撃!隣の昼ごはん〜!」

「うわぁ!」

カップめん片手に大きな声を出す詠佳に驚き、思わず数歩下がる柚希。

「いきなり押し掛けてなんなのよもう〜!」

「いやぁ、一緒に昼ごはん食べたいなぁって思ってさ」

「だったらもう少し普通にやりなさいよ!」

詠佳の行動にツッコミを入れる柚希。当の詠佳は今の柚希の様子を気にすることもなかった。

「それでさ、ゆずっぴーの部屋に上がっていいのかな?」

「あたしの話聞いてる?というかそのあだ名初めて会った時以来使ってなかったよね?」

詠佳が付けた自分のあだ名に反応する柚希。実は“ゆずっぴー”というあだ名は、4月1日に初めて会った時に付けたにも関わらず、今日までの間、詠佳はそのあだ名を一度も使っていなかったのだ。

「実は今までボク自身忘れてて、ゆずっぴーの部屋に向かう時に丁度思い出したんだ〜」

ニコニコとした表情で言う詠佳。今まで柚希のあだ名を使わなかったのは、単に詠佳がその事を忘れていただけだった。そして今日になって、柚希の部屋へ向かう時にその事を思い出したのだった。

「相変わらずの能天気っぷりねぇ・・・。そうだ、あたしも丁度昼ごはん食べる頃だったから、上がって行ってもいいよ」

「やった〜、ゆずっぴーありがとう〜」

そう言ってすぐに柚希の部屋へと上がりこむ詠佳。

「ちょっと、人の部屋に上がりこむんだったら少しは遠慮くらいしなさいよ!」

「ほえ?そうしなきゃダメなの?」

柚希の指摘にとぼけた声で反応する詠佳。どうやら詠佳には人の家や部屋等に入るにも、遠慮することを知らない様子だ。

「そもそもあんたに言うのが間違ってたのかもしれないわ・・・」

「ん?」

呆れた様子の柚希。詠佳は柚希に自分の事を言われてるのにも関わらず、それが分からず首を傾げていた。

「まぁ、それはともかく、お湯も湧いてる事だし、カップめんにお湯を注ぎましょうか」

柚希は詠佳の持っているカップめんを見て、お湯が湧いてる事を詠佳に伝える。

「わぁ、ありがとう。それにしてもゆずっぴー随分手際がいいけど、もしかしてボクが来る事分かってたの?」

嬉しそうな表情で言う詠佳に、柚希はこう反論した。

「ち、違うわよっ!あたしも昼ごはんカップめんだっただけだから!」

「“勘違いしないでよねっ!”って後から付け足すんだよね、そういう感じのノリ、ネットで見た事あるよ」

柚希の言った事を付け足す感じで言う詠佳。一体彼女はいつの間にこんなセリフを覚えていたのだろうか。因みに詠佳は自室にパソコンを置いているが、柚希ほど知識は豊富ではない。

「んなっ!そんな訳ないじゃない!って何で詠佳ちゃんがそんな事知ってるのよ!」

「ん〜、ただ何となく色んなサイト見てた時にたまたま目に入っただけなんだけどね」

顔を紅潮させながら否定する柚希だが、詠佳は偶然“その様な”サイトを見て、“そういったシチュエーション”を覚えているだけで、特に“その様なジャンル”に興味がある訳では無かった。

「あ、そうなの・・・(大して知らない詠佳ちゃんに必死に否定してたあたしがバカみたく見えるじゃない)」

「あ、もうゆずっぴーの分もお湯入れてタイマーもセットしたから、あっちのテーブルで一緒に食べよ♪」

「え!?あ、うん・・・」

いつの間にか二人分のカップめんにお湯を注いでいた詠佳。柚希はいつの間にかの出来事にただただ驚くだけだった。

 

そして3分後、詠佳と柚希はそれぞれのカップめんの蓋を開ける。

「いただきま〜す」

「いただきます」

“いただきます”の後にカップめんの麺をすすり始める二人。すると詠佳の食べ方を見て柚希がクスリと笑い出す。

「詠佳ちゃんって、随分豪快な食べ方するのね」

「え、そ〜かな〜?」

詠佳本人は自覚してない様だが、詠佳の食べ方は、箸でスープの中から直に麺を掴み、それをそのまま口へ持って行き、大きな音をたてながらすすって食べていた。どちらかと言うと女の子より男の子がしそうな食べ方である。

「そういう柚希ちゃんはボクと違って上品な感じで食べてるよね」

「まぁ、スープがはねて服が汚れない様にする為かな」

それに対し柚希の食べ方は、スープの中から箸で掴んだ麺を一旦レンゲの上に乗せ、そこからまた箸で口へ運び、音をたてない程度にすすって食べる、いわゆる女の子らしい食べ方であった。

「ただレンゲがない時は、スープがはねない様にそっとすすって食べるんだけどね」

やがてカップめんを食べ終えた二人は残ったカップめんのスープを排水溝に捨てた後、何故か詠佳はカップめんの容器を水でゆすぎ始めた。

「何してるの詠佳ちゃん?」

「こうやってカップめんの容器をゆすいでから捨てる事で、あまり汚れなくて済むんだよ」

残ったスープを捨てたカップめんの容器を捨てる前に一旦水やお湯でゆすぐ事で、ゴミ箱やゴミ袋の中が汚れずに済むとのこと。綺麗好きな詠佳なら当然の様にしている事であった。

「そうなんだ、あたしもやっておこうかな(雪恵ちゃんの言う通り、詠佳ちゃんは確かに綺麗好きみたいね)」

柚希も詠佳と一緒にカップめんの容器を水でゆすぎ、水を切ってからゴミ箱へと捨てた。そして二人は先程の部屋へと戻り、テーブルの前に座る。

「ふぁ〜、入学式の疲れと食べた後で眠くなってきたわ〜」

後ろに置いてあるベッドを背もたれにする感じで寄り掛かり、うとうとしながらあくびをする柚希。

「ボクもその気持ち分かるなぁ〜、食べた後って、何でか眠くなっちゃ・・・」

詠佳は柚希を見るなり、話すのを止めた。それもそのはず、柚希は静かな寝息をたてながら寝ていた。

「柚希ちゃん寝ちゃったみたいだね、それにしても柚希ちゃんの寝顔可愛いなぁ・・・」

すると詠佳は、柚希を起こさない様にベットの上から毛布を取り、それを柚希の膝元へそっと掛けてあげた。

「風邪引かないようにしないとね」

寝ている柚希を見てニッコリとする詠佳だった。

 

そして空が茜色にそまり、薄暗くなり始めた頃、同じく薄暗くなった部屋の中、柚希が目を覚ました。

「もう外が暗くなり始めてる・・・、そういや昼ごはん食べてから今までずっと寝てたんだねあたし」

そのままの姿勢で首だけを窓の方へ動かし、窓の向こうの外の様子を見る柚希。そして柚希は自分の膝元に掛かっているものに気付く。

「いつの間に膝元に毛布を掛けていたんだろう、もしかして詠佳ちゃんが掛けてくれたのかな。詠佳ちゃんには感謝しないと・・・ねぇ!?」

柚希は窓の反対側へ首を向けると、そこには柚希と同じような姿勢で寝ている詠佳の姿があった。

「な・・・、何で詠佳ちゃんまで一緒に寝ているのよ〜っ!!?」

思わず大声で叫ぶ柚希。それが聞こえたのか、詠佳も目を覚ます。

「あぁ、ゆずっぴーおはよう〜・・・」

「“おはよう〜“じゃなくて、何で詠佳ちゃんもあたしの部屋で寝ているのよ!?」

「う〜んと、柚希ちゃんに毛布を掛けてあげたんだけど、その後柚希ちゃんの寝ている姿を見て、つられてボクも寝ちゃったんだ」

頭をポリポリと掻きながら言う詠佳。どうやら詠佳は、柚希の寝ている姿を見て、一緒になって寝ていたようだ。

「うぅん・・・、まぁ、いいや、毛布掛けてくれてありがとね」

「どう〜いたしまして〜」

満面の笑みを浮かべる詠佳。それを見た柚希も嬉しそうな表情をしていた。

 

出会った時よりも確実に友情が深まっていく詠佳、雪恵、柚希の3人。そして彼女達の星雲高校での学校生活はこうしてスタートしていくのだった。翌日からは、彼女達の星雲高校での学校生活が本格的に始まるのだが、それはまた次回の話で。

 

 

第二話 おわり、第三話に続く

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